「分かっている人間がやるしかないんだよ。」
これは私の大好きなおばあちゃんの口癖だ。
小さい頃には反抗した。
「おばあちゃん、分からない人はいつも自分勝手だ。何で分かっている人間だけが苦労しなくちゃいけないのか?!」と。
私がどんなに反抗しても我が『がばいばあちゃん』ことまつ江おばあちゃんの信念は揺らぐことはまずなかった。
「分かっている人間だからこそできるんだよ。その方がすごいことでしょ?」
とにこにこ・・・あの笑顔でいわれると渋々でも納得するしかなかった。
まつ江おばあちゃんは私の母の母である。
戦争で旦那さんを亡くしてしまったため、家を守るために旦那さんの弟と再婚した。父親が違う子供たちを3人、必死に育ててきた。まさに激動の時代を生き抜いてきた昭和の肝っ玉母さんそのものである。
母から時々まつ江おばあちゃんの苦労話は聞いたが、もっと現実は大変なものであったことは子供ながらに感じていた。
その苦労は絶えることなく続いた。
嫁ぎ先の母の相談役、孫(私)の闘病生活、挙げ句の果てに守り続けてきた家の崩壊、おなかを痛めて生んだ我が子の自殺・・・なぜまつ江おばあちゃんはこんなに苦労人なんだ。
人の世話を献身的にずっとしてきたおばあちゃん、夫を陰で支え続けてきたおばあちゃん、母の最大の理解者であったおばあちゃん、いろいろなおばあちゃんの姿を知っているが、弱音を吐いたり、愚痴をこぼしているおばあちゃんの姿だけは自分の記憶のどのページにもないのである。
「苦労」、「つらさ」と名の付くものすべて、まつ江おばあちゃんの胸が掃除機のようにすべて吸い込んで封印してしまっている。
『忍耐強い人』まつ江おばあちゃんの存在がなかったら私自身はもちろん、私の母も今、胸を張って生活を送ることはできなかっただろう。まつ江おばあちゃんがいてくれる、それだけでがんばってここまでこれた気がする。
そのまつ江おばあちゃんが倒れた。
一命は取り留めたものの、体が動かない、話も今までのようにできない、天井を見つめて横になっている日々を送る生活を余儀なくされている。
なぜだろう?なぜあんなに一生懸命に生きてきたまつ江おばあちゃんがこんな仕打ちを受けなければいけないんだろう?と嘆いたときもあったが、私はどんな状態になってもまつ江おばあちゃんの孫であることに誇りを持ちたい。
あなたの孫でよかった、と胸を張って言い切れる自分が今ここにいる幸せを感じようと考え直すことができた。そのきっかけをつくってくれたのもまつ江おばあちゃんのあの一言、『分かっている人間が・・・』だ。
こうなってしまった状況を悔やんでみたことろで改善される余地はない。それなら受け入れて分かっているいる人間が最善策を尽くすのだと!まつ江おばあちゃん、分かっている、おばあちゃんの伝えたいこと、分かりすぎるくらい今なら分かる。心から納得できる。
これまでまつ江おばあちゃんが歩んできた人生をこれからは母と二人で歩き続けるからね。安心してゆっくり横になっていればいいんだよ。
これまで本当にありがとう、そしてお疲れ様。大好きだよ、まつ江おばあちゃん、私だけの「がばいばあちゃん」。